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「愛と光」の次にくるもの

2009年09月29日 05:25
佐田センセの原稿の手伝いで、昨日というか今朝までずっと、かかりっきり。
いや・・ほんっと、私と佐田センセは、前世で親子だったというのが、よくよくわかります。
「手のかかる子供」って、そのままやんか~~~~!!!
コチラの記事参照)

トホホ。

昨日は一瞬「インフルエンザ?」と思うほど具合が悪かったのですが、どうやら単なる風邪のようです。

とにかく、原稿を書きあげるまで倒れるわけにはいきません。

で。
原稿の件なんですが。

今月24日の締切りには、間に合いませんでした。
えぇ・・。

でも、確実に進んでいます。
まぁ・・・11月出版は無理になりましたが(涙)、年内出版は可能かと思います。

たぶん・・・それは私のお尻の叩き具合にかかっています。

やっぱり、佐田センセは「こだわりの職人肌」なんですね。
ライターさんが書いてくださり、敏腕編集長も更に手直ししてくださいましたが。

それは、単なる叩き台としか思っていないようで・・・。
全体のイメージをはっきりする、くらいにしか思っていないのですね。

結局、全体の8割は、佐田センセが新たに自分で書く・・・という感じになりそうです。
だから・・・時間が異様にかかっているんです。

昨日も、プロローグを二人で書いていきましたが、文法とか文脈とか、言葉の使い方。
異様に、こだわります!!!
こだわりすぎやろ~~~!!!!ギャー!!
と叫びたくなるくらいに。

私がこだわらなすぎ・・というのもあるのですが、佐田センセは「いかに無駄なく、いかに本質を伝えるか」ということを、一字一句にこだわり、手を一切抜かないのです。
ほんと、「一字に魂をこめている」というのがピッタリでして。

何度、「もう、それでいいじゃないですか(怒)!!」と申し出たことか・・。
だって、既に構成が決まって隙間を埋めるだけのプロローグの1ページを、4時間くらいかけて書くのですよ。
あと100ページ以上書かなくてはいけないのに、眩暈がしそうです、私。

あまりにもイライラして、遂に、半分ほど私が勝手にチャチャチャーーーと書いて、「これを叩き台にしてください(怒)!キィーーッ!」とスカイプで送りつけました(爆)。
(あ、コレって、過干渉の母親の行動パターンですね・汗)

佐田センセは「随分と書くの早いよね~」と驚くことしきり。
えぇ・・・ほぼ毎日ブログを書いていると、考えながら書くのは得意になりますね。

ただね。
やっぱり、佐田センセはすごいです。

私の叩き台をもとに、センセが書き直したものは、質が違うんです。
同じことを表現しているのですが、アカデミックな雰囲気が漂い、グレードアップしているではありませんか!

やっぱり、10数年あらゆる本を読み漁って研究してきたという背景、そして数々の臨床例からオリジナリティを生み出してきた研究魂を感じましたね。

さすがですね~。
見直しました(笑)

そして改めて、佐田式アファメーションって、奥が深くて、2日セミナーを受けたとしても、真髄まで伝えるのは難しいな・・とつくづく思いました。

単なる言葉の組み合わせでないのですね。
言葉は単なるツールでして、その背景にある「ゼロ思考」を理解してこそ、初めて佐田式アファメーションを理解できるのだと感じました。

アファメーション・カウンセリングをするのなら、なおのこと。
客観的に俯瞰的に構造を把握する・・という視点がないと、ゼロ思考は理解できないと思います。



さて。
ゼロ思考から派生した考え方に「思考対称性の法則」という考え方があります。
これはどういことかというと・・・。

佐田センセは『すべてはうまくいっている』で、「人間の根源は愛と光だとわかった」と書かれています。
そして、「創造主がいる」「創造主がいつも私の側にいることがわかった」とも。
これは、1日10数時間の瞑想の中で、体外離脱したり、不思議なものを見たり・・・という生の体験から導き出された言葉です。

現在、スピリチュアルブームなので、あらゆるヒーリングなどでも、これは言われていますよね。
そして、「愛」や「光」が強調されているようにも感じます。

ところが、佐田センセは、いまやそういうものには興味ないように思えます。
その点を、以前聞いたことがあったのですが、その答えは・・・。

「飽きたんだよね。」

ちょww。
そ、それだけですか!?
もうちょっと詳しく・・・と解説を求めると。

「そんなのあって当たり前で普通だから、敢えて言う必要もないよね」というような答えが返ってきました。

瞑想を深めてあらゆる不思議体験をしてきたセンセにとって、「愛や光」はあるのが当然で、だからこそ、その次の段階である「現実をどうバランスをとって生きるのか」に関心が移ったのでしょうね。

ただ、瞑想を突き詰めて、愛や光の存在というのものがわかると、通常は「悟り」という境地にいくようにも思います。
ですが、佐田センセは、その「悟り」には興味がないようにみえます。

以前、その点も聞いてみました。
そこで、「思考対称性の法則」を説明されたのです。

どういうことかというと。
高所恐怖症の人は、高いところから下を眺めるのに「勇気」が必要です。
しかし普通の人は、勇気は要りません。
なぜか?

勇気が必要な人は、背後に「恐怖」があるからです。
(「勇気」と「恐怖」の両者が対称に存在し、その両者の間を、心が振り子のように行ったり来たりするのです)
その視点から、「悟り」に興味を持つ人と、興味を持たない人に分けて、観察すると・・・。

そう。
「心の健康な人は、特に悟りというレッテルを求めない」ことが、多くの人を観察した結果からわかる、と佐田センセは言ってました。

確かに、「悟り」って、心の最高状態的な扱いを受けやすいですよね。
では、「心の最高状態的」って???

このあたりは、センセの新刊でも解説してますが、
体の最高の状態とは、「健康」です。
同じように、「心の最高状態的」ってのは、「心が健康(ケンコウ)な状態」のこと。
それは、悩みがなく、幸せな状態です。
確か、WHOでもそのように言ってますね。

だから、心が健康な人は、あまり悟りに興味を持たなくなる、とセンセは言うんです。

一方、心が不健康(フケンコウ)な状態というのは、
現実社会で目標が達成できなかったり、
人間関係で上手くいかなかったり、
お金がなかったり、
様々な問題や葛藤を抱えている状態のことでしょう。

当然、現実社会が嫌になるはずです。
そこから、現実逃避に走りやすくなります。

ですので、大切なのは、「愛と光がわかったら、現実に向き合いなさい」、ということでしょう。

佐田センセは、「光とか愛とか言葉で何度言っても、伝わらないし。今となっては手垢のついた言葉だしなぁ。そういうキーワードに飽きた」と言ってました(笑)。

「しかし、そこから先を伝えないとなぁ・・・」と考えて、新刊の制作を頑張っているようです。

さて・・・。
今日も、手のかかる佐田センセのお守り&原稿のお手伝いで、日が暮れそうです。
いや、夜が明けそうです。
トホホ・・。

昼も夜もないわけのわからない世界が続いています。


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非公開コメント

お母さん!頑張ってくださいね~(笑)
いつになるのやら???その本は!!!
春頃から出るらしいとは聞いてましたが…v-8
バシバシお尻叩いちゃってください!!!きっと喜ぶと思いますよ!
「もっと!叩いて~」って(爆)

おおおっ

先日出席したセミナーで中野裕弓さんが
「スピリアリティ」という単語を商標登録されたとおっしゃってましたが
内容が似てる♪シンクロシンクロ♪

本が出版されるまでに、ハーモニーさんが倒れないか心配です^^;
あ、出版されてからかもしれませんが…

でも、佐田先生のお尻を叩けるのはハーモニーさんだけですもんね♪
年内出版を楽しみにしています☆

前回の「母からの手紙」
息子さんからどんな返事が来たのか
気になっているのは私だけでしょうか^^;
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